私は泣いていた。 いや。 泣いているのだろうか。
涙は出ていない。
だが。
心は悲しい。 哀しい。 空しい。 虚しい。
胸がきりきりする。 きっと泣いている時と同じ感情が私の中を支配している。 ・・・・・・ 涙を流してみようか?なんて考えてみる。
涙とは、意識して出そうと思ってみてもなかなか出せないものだ。 取り敢えず、形だけ。 両手で顔を覆ってみた。
傍から見たら、泣いているように見えるだろうか。
・・・・・・
なんだか可笑しく思えてきた。
私は何をしているのだ。 泣きたいのか、笑いたいのか。どっちなんだ。
「君も泣いているの?」
不意に声がした。
私は顔を上げ、覆っていた手をゆるゆると下げる。 隣に男の子が居る。 いつの間にいたのだろうか。 気が付かなかった。
年は小学校に上がる前くらいだろうか。 今の私の姿と同じくらいだ。
「はい、これ」
男の子は掌くらいの白く四角い布を私の方に差し出した。
私は素直にそれを受け取る。 その白い四角い布は、簡素で周りに青い縁取りがしてある。 柔らかい手触りだ。
「ハンカチ。使ってもいいよ」
「はんかち」
私は言葉を反芻した。
「僕も、お母さんに怒られた時とか、よくここに来るんだ」
男の子は照れたように、鼻の頭をぽりぽりと指でかきながら言った。
ここからは町が一望できる。 寺の境内の裏側にあり、この場所には滅多に人は入ってこない。
境内の方では、よく子供達が遊んでいるようだが。 子供達の遊ぶ声を後ろに、町の景色を上から眺める、というのが
私の気分転換になっている。
声を掛けられたのは初めてだ。
「たっくーん、どこー?」
遠くの方から、また別の子供の声がした。
「あ。今行くー!」
男の子は後ろを向いて、その声に応える。
「たっくん」 「ごめん、僕、そろそろ行くよ」
私は「はんかち」とやらを握りしめたまま、男の子をじっと見つめた。
「ハンカチ、返さなくて良いから!」
男の子は手を振りながら、向こう側へ走って行ってしまった。
私ははんかちを広げたり、ひっくり返したりと、しばし観察する。
ふむ。
ひとしきり調べた後、はんかちをきれいに折り畳むと、自分の懐にしまった。 さて。
そろそろ私も帰ろうか。
***
その後。
度々その男の子とは会話を交わすようになり、そのうち他の子供たちに交じって遊ぶようにもなった。
たまにはこういうのも良いかもしれない。 子供らと戯れるというのも、悪くはない。
数日間ではあったが。
大変有意義な日々であった。
だが。
それも今日で終わりか。
・・・・・・・・
最後にお別れをしておこう。 記憶を消すのは少々惜しいが致し方あるまい。
「紗埜ちゃん…?」
案の定、というかやはり今日も、彼はそこにいた。 最後は彼だ。
「たっくん、あたし、もうみんなとあえない」
私はそう切り出した。
つうと一筋、私の瞳から雫がこぼれ落ちた。
これは。
これは何だろう。
この感情は何だろうか。
「紗埜ちゃん、それってどういう事?」
彼とはもう、会えないのか。
そう考えると、胸がきりきりと苦しくなった。
悲しい。 哀しい。 空しい。 虚しい。
ああ。
分かった。
これが。
これが涙というものか。
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