勿忘草 第四話

 

 ぼんやりと、青い空を眺めながら、俺は地面に座っていた。草むしりの仕事など、手に付かなかった。

 いつのまにか、蝉の声が復活している。むせるような熱気が夏であることを誇示している。

 真っ青な空。

 ふと、あの青い瞳が、天空から睨み付けているような気がして、俺は思わず目を逸らした。

 あの男は・・・一体何者なんだろうか。

 先生、と呼ばれていたが、教師・医者の類ではないだろう。どちらかと言えばあの服装は、神主の格好に似ている気がする。よくは知らないが。

 目が合った。ということは、恐らく俺に気付いていたのだろう。しかも、あの様子から察するに、初めからあそこに俺が居ることを判っていて、わざとこちらに目を遣ったように思えた。

『そこから出てくるな』

 そんなことを言ったような気がした。

 ぶんっ・・・

 羽音と共に、黒い小さな虫が草の中から飛び出した。顔めがけて飛んできたので、思わず仰け反った。

 一瞬、白いものが視界をかすめた。

 ・・・・・またか?

 昨日の不思議な少女のことを思い出し、俺は後ろを向くのをためらった。

「大丈夫ですか?」

 女性の声だ。なんだか聞き覚えがある。

「草むしり、ご苦労様です」

 魅月さんである。彼女は、ゆっくりとした足取りで俺の横に来た。そういえば、いつも後ろから現れる人だなと俺は思った。

「あ、どうも・・・。」

「暑くて大変でしょう?」

 魅月さんは俺の顔を覗き込んでそう言った。涼しげな花柄のワンピースを身にまとっている。どこかへ出掛けていたのだろうか。

「はい、あ、でもこれがあるからなんとか大丈夫です」

 そう言って頭のタオルを指差す。魅月さんは微笑んで、

「そう。あまり無理はしないでね。・・・・ところで、佐伯さんはずっとここにいたのですか?」

 ふと、先程の事を話そうかとも思ったのだが、なんとなく黙っていた方が良いような気がした。

「朝からここで草むしりしていましたけど・・・。」

「まあ、そうですか。それでは少し休まれたらどうでしょう?」

「はあ、でも・・・サボっていたら、深雪さんに何されるかわかりませんからね・・・。」

 俺は苦笑して言った。

「クス・・・。大丈夫。あの娘は今出掛けていますから。それに、疲れたら休んだ方が良いですよ。私から許可がおりた、とでも言ったらどうですか?」

「それじゃあ、今度からそうしてみます。ところで、魅月さんは今帰ってきたんですか?」

「・・・いえ、忘れ物を取りに来ただけ。またすぐ出掛けます。」

 一瞬、表情が変わった・・・ような気がしたのだが。気のせいか。

「あ、そうだ。佐伯さん、少し頼まれてくれませんか?」

「は・・・、え、でも、まだ草むしり終わってないですよ」

「大丈夫です。あとで私の方から言っておきますから。」

「それなら・・・まあ、良いですけど・・・」

 魅月さんは、少し考えるような素振りを見せ、

「大根と長ネギ、買ってきてください。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」

 思考が数秒、停止した。

「大根一本と長ネギ一束お願いします」

「・・・・・・えーと・・・・・。なんだか、大根と長ネギ買ってきて、って聞こえたんですけど・・・」

「ええ。お願いしてもよろしいでしょうか?」

「お願いされてもよろしいですけど・・・・なぜ、大根と長ネギなんですか?」

「必要だからです」

「いや、それはそうなんですが・・・。なんで俺にそんな事・・・。そりゃ、雑用のアルバイトとして来ましたけど。何だか・・・・なあ・・・」

「実は、この夏の間、仲居さん達の殆どが帰省してまして、食事担当の方々も少ないのです。そこで、私にできることはお手伝いしようと、出掛けるついでなのですが食材の買出しをすることにしたのですけど。丁度、大根と長ネギがきれているのです。でも、今日私、少し用事があってご飯に間に合わないかもしれません。ですから、佐伯さんにお願いしようと思いまして。」

「はあ・・・・、成る程・・・・・・」

 まだ思考回路が回復しきってないらしい。胡乱な相槌を打った。

 そして、商店街の八百屋への地図を渡された俺は、なんだか良く判らないうちに、買出しに行かされてしまったのであった。

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