勿忘草 第九話

 

 



起きたついでにトイレで用を足し、洗面所の前で手を洗いながら目の前の鏡に映る自分の顔を見る。

少し日焼けをしているが、いつもの自分だ。
続けて首元を確認する。
特に手の跡などは付いていない。
冷たい水で、ばしゃばしゃと顔を洗った。
ひんやりと心地よい。
汗と共に、嫌なものまで洗い流された気分だ。

ふう。

とため息をついて顔を上げる。

顔を上げたとたん、誰もいないはずの俺の後ろに誰か立っている・・・

のではないかと、そんなありがちな想像をしてみるのだが、幸いなことにそんな怪奇現象は起きていない。

・・・考えすぎだって。

自分に言い聞かせ、コップで水を一杯いただく。

体も心もすっきりとしたところで、俺は部屋へ戻ることにした。

深夜なので、廊下を静かに歩く。

おや。
自分の寝る部屋へ戻るはずなのに、なぜか足は別の方向へ向いてしまう。

いやいや。

怖いから。

真夜中だし、暗いし、一人だし。

・・・などと考えているうちに、結局たどり着いてしまった。
例の場所へ。

「あーあ・・・」

誰にともなく、呆れたため息をもらす。

昼間に調べた時に、何となく考えていた事がある。
昼だから、ただの壁だったのではないか?ということ。
はじめて、あの不思議な女の子に会ったのも真夜中だった。
夜になると開く、秘密の通路のようなものがあったりして。
そんな荒唐無稽な事を考えていたのだが。
どういう仕組みか?までは深く考えてはいない。

それにしても、昼間は確か間接照明のようなものが置かれていたはずだ。
だが今はない。
どこまで続くのか分からないくらい、奥が真っ暗だ。
雰囲気が違う。
でも方向は間違っていない。

これは、あの女の子にまた会えるチャンスかもしれない。
会ったところで、何か用事があるわけでもないのだが、
あの寂しそうな顔がなんだか、忘れられないのだ。

話し相手くらいになら、なれるだろう。

「・・・・・・・・・・」

あたりをきょろきょろと見回し、誰もいないことを確認する。

また後ろから殴られたら、たまったものではない。

俺は意を決して、廊下を奥の方へ進むことにした。

 



 

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