勿忘草 第九話

 

 
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これは夢だ。

夢だ。

と。

何度も自分に言い聞かせる。

数時間前の出来事をざっと思い出してみる。
夜になり、仕事も一段落。ご飯をごちそうになり、お風呂もいただいて。そのまま電気を消して布団に入った。
当然、部屋には俺以外には誰もいない。

それから眠りについた。

はずだったのだが。

どうして。

どうして、
俺の上に女の子が座っているのだ?

薄暗い部屋のなか。月明かりだけが弱く光源として存在する。
暗闇に目が慣れて、薄ぼんやりと輪郭が理解できる。

闇に浮かぶのは青白い顔。無表情で感情はまったく読みとれない。長い黒髪に、華奢な体を白いサマーワンピースに包むその姿は、紛れもなくあの女の子だ。
正座をして俺の胸元に乗っかっているのだが、
不思議と重さは感じない。

こういう時は、般若心経でも唱えたら良いのだろうか?と、ふと怪談でよくあるシチュエーションを思い出す。

ふいに、ほっそりとした腕が伸び、俺の顔をなで回した。
恐怖に声をあげる事すらできず、ただ黙ってなすがままに彼女の行動に身を任せる。ひんやりとした感触、暑い夏の夜だがちっとも嬉しくない。
頬にあった手が移動し、俺の喉元に触れた。かと思うと、その手に力がこもる。

まてまて。

このこは俺を殺そうとしているのか?

長い髪が俺の頬をくすぐる。
ぐっと顔が近づく。
鼻先がくっつきそうなほど、接近して気付いた。

白目が無い。眼窩はぽっかりと闇。光すら反射しない。
ただただ真っ黒だ。

「・・・・・・!!」

身をよじらせて、なんとか脱出しようと試みるが、指先一つ動かない。

「・・・・・・・・!・・・」

それでも声をあげたらこの幻影は消えるのではないかと、息を大きく吸い込み、腹から叫び声をあげてみる。

口元には、声を出した、という感覚はあるのだが、音は出なかった。

さらに女の子の手に力が入る。

視界がぼやける。
息ができない。
苦しい。
やめろ。
はなせ。

「・・・・・・!!!!!」

俺は何らかの言葉を発した。

その瞬間、俺の上にいた女の子は消えてしまった。

部屋の中は、就寝前と変わらない。
真っ暗で、しんと静まりかえっている。

俺は上半身を勢いよく起こし、喉元を押さえた。

「・・・ゆ、夢、か・・・・・?」

声がちゃんと出ることを確かめる意味も含めて、俺はつぶやいた。
すーはーと、大きく何度も深呼吸をする。

気がつくと体中、汗でびっしょりと濡れ、寝間着代わりに着ているTシャツが肌にぺったりと張り付いている。
額の汗を手で拭ってみる。

遠くで虫の声がした。

夢の中で相当叫んだのだろうか、ノドがからからだ。
と、言っても声なんか出なかったのに。
けほけほと、乾いた咳をする。

そういえば最後の言葉。
自分で何と言ったのか、ついさっきまで見ていた夢のはずなのに、全く思い出せない。

ふと、眼窩のぽっかりと開いた青白い顔が脳裏に浮かぶ。
俺はふるふると頭を振って、それを記憶から追い出そうとした。

思い出そうとする気持ちと、恐怖で思い出したくないと言う気持ちがごちゃまぜになり、しばし脳が混乱する。

ふと、枕元に置いていた腕時計で時間を確認してみる。
今から寝たら、早起きするのがつらいと思える時間帯だった。

・・・水でも飲むか。

俺はゆるゆると立ち上がり、重い体を引きずりながら、洗面所の方へ向かった。

 


 

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