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これは夢だ。
夢だ。
と。
何度も自分に言い聞かせる。
数時間前の出来事をざっと思い出してみる。
夜になり、仕事も一段落。ご飯をごちそうになり、お風呂もいただいて。そのまま電気を消して布団に入った。 当然、部屋には俺以外には誰もいない。
それから眠りについた。
はずだったのだが。
どうして。
どうして、
俺の上に女の子が座っているのだ?
薄暗い部屋のなか。月明かりだけが弱く光源として存在する。 暗闇に目が慣れて、薄ぼんやりと輪郭が理解できる。
闇に浮かぶのは青白い顔。無表情で感情はまったく読みとれない。長い黒髪に、華奢な体を白いサマーワンピースに包むその姿は、紛れもなくあの女の子だ。
正座をして俺の胸元に乗っかっているのだが、 不思議と重さは感じない。
こういう時は、般若心経でも唱えたら良いのだろうか?と、ふと怪談でよくあるシチュエーションを思い出す。
ふいに、ほっそりとした腕が伸び、俺の顔をなで回した。
恐怖に声をあげる事すらできず、ただ黙ってなすがままに彼女の行動に身を任せる。ひんやりとした感触、暑い夏の夜だがちっとも嬉しくない。
頬にあった手が移動し、俺の喉元に触れた。かと思うと、その手に力がこもる。
まてまて。
このこは俺を殺そうとしているのか?
長い髪が俺の頬をくすぐる。 ぐっと顔が近づく。
鼻先がくっつきそうなほど、接近して気付いた。
白目が無い。眼窩はぽっかりと闇。光すら反射しない。 ただただ真っ黒だ。
「・・・・・・!!」
身をよじらせて、なんとか脱出しようと試みるが、指先一つ動かない。
「・・・・・・・・!・・・」
それでも声をあげたらこの幻影は消えるのではないかと、息を大きく吸い込み、腹から叫び声をあげてみる。
口元には、声を出した、という感覚はあるのだが、音は出なかった。
さらに女の子の手に力が入る。
視界がぼやける。 息ができない。 苦しい。 やめろ。 はなせ。
「・・・・・・!!!!!」
俺は何らかの言葉を発した。
その瞬間、俺の上にいた女の子は消えてしまった。
部屋の中は、就寝前と変わらない。
真っ暗で、しんと静まりかえっている。
俺は上半身を勢いよく起こし、喉元を押さえた。
「・・・ゆ、夢、か・・・・・?」
声がちゃんと出ることを確かめる意味も含めて、俺はつぶやいた。 すーはーと、大きく何度も深呼吸をする。
気がつくと体中、汗でびっしょりと濡れ、寝間着代わりに着ているTシャツが肌にぺったりと張り付いている。 額の汗を手で拭ってみる。
遠くで虫の声がした。
夢の中で相当叫んだのだろうか、ノドがからからだ。 と、言っても声なんか出なかったのに。
けほけほと、乾いた咳をする。
そういえば最後の言葉。
自分で何と言ったのか、ついさっきまで見ていた夢のはずなのに、全く思い出せない。
ふと、眼窩のぽっかりと開いた青白い顔が脳裏に浮かぶ。 俺はふるふると頭を振って、それを記憶から追い出そうとした。
思い出そうとする気持ちと、恐怖で思い出したくないと言う気持ちがごちゃまぜになり、しばし脳が混乱する。
ふと、枕元に置いていた腕時計で時間を確認してみる。 今から寝たら、早起きするのがつらいと思える時間帯だった。
・・・水でも飲むか。
俺はゆるゆると立ち上がり、重い体を引きずりながら、洗面所の方へ向かった。
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