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大きな森の木の下で 第二話


「オオカミー!出てこーい!俺が倒してやるぞー」

「あ、あの、それはいくらなんでも乱暴過ぎるんじゃ…」

森に入った5人。
鬱蒼と茂る木々の間から、木漏れ日が差し込む。
ぴちぴちと小鳥の鳴き声がこだまする、のどかな午後の森だ。

ケントは周りの木をバットで叩きながら大声をあげる。
クリスはハラハラしながら、後ろからついて歩く。

「ちょっと!なにやってんの、そういうことしたらだめでしょ!」

テニスラケットでケントを小突きながらエイプリルは注意した。

「お母さんみたいだな、その言い方。
 こういうことするとなんか、出てきそうじゃね?」

「そんなに簡単に出」

がさり。

何かの動く気配がした。

ふと。鳥の鳴き声が止んだ。

あたりが急に静かになる。
不穏な空気が森の中を支配する。

エイプリルは、無意識のうちにヘルメットを手で押さえた。

す、と音もなく、木々の間から黒い影が現れた。
さらに一つ、二つ。
ぽつりぽつりと影が増え、気が付くと周りをぐるりと囲まれていた。

地を這うような唸り声。

黒い毛に覆われた、引き締まった筋肉質の体。

金色の瞳がこちらを睨み付けている。

「ほ、本当に出た・・・・・・・」

トニーは震える手でメガネを抑えながら呟いた。

オオカミが。

十数頭のオオカミの群れが。

無数の敵意をこちらに向けている。

ロビンの姿は無い。

「く、クリス。説得するんだろ?あいつら。ほら、やってみろよ」

トニーに促されたクリスだが、ロビンが居ないことにはどうしようもない。
誰一人動けない。
足がすくむ。

1頭のオオカミが近づいてきた。

ケントは、バットを持つ手に力を入れた。

アオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーン・・・・・

心臓を貫くような鋭い遠吠えを一つ。

すっ、と身を低くして足に力を込めるオオカミ。
地面を強く蹴り、勢いよくケントに向かって突進してきた。

「うわああああああああああああああああああああああああああ」

叫びながら、ケントはバットを力の限り振り下ろす。

オオカミの牙が、ケントの喉笛を捉えようとした、その時。


『闇が現れた。』


そんなフレーズが、クリスの頭に浮かんだ。
目の前に、真っ黒い何かが立っていた。

その黒い何かは、脇に、バットを振り下ろすポーズのままのケントを抱え、
反対側の手でオオカミの頭を押さえている。

水を打ったように静まり返る。
沈黙があたりを支配する。
誰も言葉を発しない。ただその一点に、視線が集中する。

目の前で起きた事を理解するのに、しばし時間が掛かった。

どさり。

乱暴にケントを地面におろした。
腰が抜けたのか、なかなか足が動かない。
少しずつ匍匐前進しながら、ケントがこちらへ戻ってくる。

「魔女だ・・・・・」

トニーは、ずり落ちそうになるメガネを直しながら、ぽつりと呟いた。泣きそうな顔をしている。
ジャンはもう泣いている。

「え…。あれが…?実在するの?」

「森の魔女に殺される…。木のウロに引きずり込まれて、魔界へ連れて行かれるんだ…」
クリスの質問に答えているのかいないのか、なんだか知らない情報まで教えてくれるトニー。

改めて、その黒い、森の魔女とやらを見てみる。

すらりと高い背。
ビロードのような光沢のある、黒いロングドレスを身にまとっている。
胸元が大きく開き、谷間がかなり強調されている。
そして、同じ素材の黒いマントは地面を引きずるほど長い。
対照的に、膝裏あたりまで伸びる長い長い髪の毛は銀色に輝いていた。
目鼻立ちのはっきりした、美しい女性だ。年は、ママよりも若い、かもしれない。
目つきは鋭く、瞳の色は青い。

確かに、普通の人間には見えない。

森の魔女は、クリス達を一瞥するとオオカミの方に向き直した。
優しくオオカミの頭をなでる。
周りのオオカミ達は、皆「伏せ」のポーズをとっていた。

これが例の「オオカミをいっぱい引き連れた黒い服の森の魔女」というものか。

というような事を聞こうと、エイプリルの方を向くと
エイプリルはテニスラケットで顔を覆い、魔女の方を見ないようにしていた。
クリスは、特に先入観や前情報が無かったせいか、あまり恐怖を感じていない。
取り敢えず、魔女とエイプリルの間に立った。

オオカミは、魔女にすりすりと頭をこすり付けたり、鼻を鳴らしたりした後、
踵を返し、森の奥へと戻っていった。周りのオオカミ達もそれに続いた。

「…助かった、のか?」

ケントは震える声で言う。まだ地面に這いつくばったままだ。

「人間の子供達よ。」

凛とした声が響く。
魔女がこちらを向いた。

「なぜオオカミ達が怒っているのか。分かるか」

びくっ、と肩を震わせて、トニーとジャンは、手に持ったバットを手放す。
からんころん、と軽い音が、森に響いた。

「もしお前たちの家に、見知らぬ者が武器を持って侵入してきたらどうする?
 お前たちの父や母は。
 全力でお前たち家族を守るだろう。
 オオカミ達も同じだ。
 仲間や家族を守るために、お前たちと戦おうとしていたのだ。
 それから。
 森の木々を粗末に扱うのも感心せんな」

ひょい、と魔女は片手を挙げた。
すると、3人の持ってきたバットが粉々に砕け散った。

ヒイ、と小さく悲鳴を上げる3人。

「お前の家の羊が襲われたようだな。
 その点に関しては、オオカミにかわり私からお詫びしよう。
 申し訳なかった。
 彼らにも、よく言い聞かせておこう」

ジャンは泣きながら、こくこくと頷いている。

「分かったか。
 分かったなら、即刻ここから立ち去るがよい。」

そう言いながら、片手を挙げる仕草を見せる。

「わあああああああああ」

今度は何を砕かれるのか。
その恐怖に耐えきれず、3人組は一目散に逃げ出した。

あとに残されたクリスとエイプリル。
クリスは手を広げ、エイプリルをガードする体制を取った。

魔女は二人を見て

「お前たちも。」

と一言発し、ばさり、とマントを翻した。
視界が黒に包まれる。

と。

次の瞬間、魔女の姿は消えていた。

「・・・・・・・・・・」
「ど、どうなったの?」

相変わらずテニスラケットで顔を隠したままエイプリルは尋ねた。

「誰も居なくなった。」

足元に散らばる、粉々になったバットの欠片が、先ほどの出来事が夢ではないことを物語っている。

恐る恐る、エイプリルはラケットを下した。

「大丈夫、エイプリルちゃ…」
と言いかけた時、エイプリルはクリスの手をぎゅっと握った。

「え、あ、あああの…」
クリスは突然の行動に動揺を隠しきれない。
どうしていいのか分からず、硬直する。

「ごめん」

と小さくエイプリル。

「しばらく、このままでいて」
「あ、え、ええと、はい…」

しばしこのまま。
いつの間にか復活した、小鳥のさえずる声と、木の葉の揺れる音だけが聞こえている。

心臓の音が聞こえやしないかと。

緊張する事でさらに、鼓動が強くなった。

 

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