窓から柔らかい日差しが降り注ぐ。 クリスの金色の髪と青い瞳が、光に反射してキラキラと輝いていた。
クリスは図書室の隅で本を読んでいた。 本の表紙には「ドリトル先生の動物園」と書かれている。
図書室の隅、窓際の席が、クリスの定位置だ。 学校へは来たものの、教室に行きたくないなあ、なんて時には、いつもここで一人で本を読んでいる。
今日は、一応学校に行った、という事実を作ってから 早めに家に帰ろう。そして森へ行こう。
教室にいるよりここにいた方が早退しやすいから。 いきなりママとの約束を破ってしまったが、まあ黙っていればバレないだろう。
という計画の下、図書室に居ることにした。
はずだったのだが。
「いやあ、良い天気だよねー、今日も。」
なぜか隣にエイプリルがいた。
読んでいるのかいないのか、鳥類図鑑を机の上に広げている。
色鮮やかなコンゴウインコがこちらに向かって羽を広げる挿絵が見えた。
「教室に戻らなくて良いの?エイプリルちゃんは」
「それはこっちのセリフよ。ほらほら、そろそろ時間だよ?一緒に戻ろうよ」 時計を指さして言うエイプリル。
「いや、僕は、その。…今読書中だから。これから盛り上がる良いとこだから」
「しおり挟んで、後から読めばいいじゃない」
「ええと。あ、僕、急に頭痛くなってきちゃったなー。今日は無理かも」
クリスはわざとらしく額を手で押さえてみせた。
「もう、せっかくここまで来たんだからー。思い切って。」
クリスの袖を引っ張ってエイプリルは言った。
「仲良いな、お前ら」
振り向くと、3人組の男子がニヤニヤしながらこちらを見ていた。 同じクラスの生徒だ。
真ん中の一際背が高いのがケント。3人の中ではリーダー格。 短く刈り上げた黒い髪、堀の深い顔、がっちりとした体形。
腕っぷしが強く、喧嘩っ早い。見た目とこの性格で、彼に逆らえる生徒はあまりいない。
右にいるのはジャン。小柄で少しぽっちゃり目な金髪の生徒。ケントをいつも頼りにしている。
左はトニー。メガネをかけた黒髪のひょろりとした生徒。 成績は中の上くらい。悪くはないけどずば抜けて良い、と言うほどでもない。
いつもこの3人でつるんでいた。
「夫婦みたいだよな。世話焼きな女房ってやつか」
「はあ」
「はああ?!何言ってんの!」
ほぼ同時に声をあげた。 クリスは気の抜けた返事を。
エイプリルは顔を真っ赤にして、否定とも照れとも、何とも言えないような顔でケントをにらんだ。
その声に、図書室にいた周りの生徒が視線を向けるが、エイプリルを確認すると やれやれまたか、と、すぐに各々の行動へ戻っていった。
「私は学級委員長だから クラスメイト一人一人に気を配っているのよ」
「はいはい、まじめだな委員長さん」
ケントは、エイプリルを軽くいなしてから、クリスの方を向いて
「あー、クリス。今日の放課後、おまえんちの近くの森で少々暴れるかもな」
と唐突に言った。
「は?」
「は?何言ってんの」
クリスとエイプリル、ほぼ同時に声をあげる。 二人とも、言葉の意味が分からない、というような反応である。
「ジャンとこの羊が襲われたんだよオオカミに。知ってるだろ。新聞に載ったんだし」
と、ジャンを指さして言った。
ああそうだった。新聞記事を読んだとき、どこかで見覚えがあると思ったら、襲われたのは 同級生の家族が経営する牧場だった。
「だからさ、オオカミ退治に行こうって事になったんだ。かたき討ちだ」
「え」
先ほどからクリスは、「は」、とか「え」、とか一文字しか声を発していない。 というか、それしか言えないくらい、話について行けない。
「羊、襲われてないじゃん。柵壊されただけでしょ」
すかさずエイプリルは言った。
「何言ってんだ。羊達、あれ以来すげー臆病になってんだぞ。 ほらあの、あれだよ。
ひつじたちがせいしんてきくつうをうけたからしゃざいとばいしょうをオオカミに求める!」
ジャンは鼻息荒くまくし立てた。
取り敢えず、小難しい単語を並べてそれらしい事を言ってみたが、細かい意味はあまり 理解していないようだ。
「だからって、あんたら3人で何ができんの」
エイプリルは呆れ顔だ。
「バットで殴る」
物騒な事をさらりとケントは言った。 この体系と性格で、なんだか勢いでやってしまいそうな雰囲気だ。
ロビンが殺される。
あるいはロビンが彼らを殺すか。 どちらに転んでも大惨事。
「だ、だめだよ・・・・」
とクリスが言っても聞いてくれるような連中ではない。
「ま、そういうことだから。
別にクリスにお伺い立てに来たわけじゃねーぞ。 ただの報告だ。 じゃーな」
そう言い捨てて、ケント達3人は図書室を出ていこうとする。
「ま、待って!」
何とか勇気を振り絞り、3人を呼び止めるクリス。
「なんだよ」
「なんか文句あんのか」
クリスは一瞬たじろぎ、ごにょごにょと小さく呟いてから
「…僕も連れてって」
そう言うのが精一杯だった。
自分がそこに行くことで、何かが変われば。そう思った。
「えー、じゃあ、私も!」
つられてエイプリルも手を挙げた。
ケントは少し考えて
「ふーん。まあ、人数が多い方が良いか。 じゃあ、放課後。校門の前に集合な。
足手まといにはなるなよ」
というわけで、5人で森へ行くことになった。
と、同時に、クリスは放課後まで学校に居るはめになった。 いや、それが普通なんだけど。
・・・次のページ>>● 目次
|