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大きな森の木の下で 第一話


「それじゃあな」

そんなロビンの声の方を向くと、もうそこにはもう誰もいなかった。

きょろきょろと辺りを見回していると、クリスの母がもうそこまで来ていた。

一本にしばった栗色の長い髪を左右に揺らし、息を切らしながらこちらに近づいてくる。

「マ、ママ・・・!」

「クリス!どこに行ってたの!」

ママはクリスに駆け寄ると。

ごち。

クリスの頭に拳骨をお見舞いする。

「いっ、いったあ〜・・・。何すん・・」

抗議の声をあげるとちゅうで。

ママはぎゅっ、とクリスを力いっぱい抱きしめた。

「ママ・・・?」

「まったくあんたは。バカなんだから・・・」

「?ママ、泣いてる?」

クリスの問いに答える代わりに、さらに強く抱きしめる。

ママからは汗のにおいと、今日の夕食のにおいがした。 心臓の鼓動がどくどくと、速いリズムで脈打つ音が響く。

「さて、帰るよ、クリス」

クリスの頭をぽんぽんと叩くと、クリスの手をひいて家の方へと歩き出す。

「あのね、ママ・・・」

「ん、なんだい」

「ご、ごめんなさい・・・」

ママは一瞬、驚いたような顔をして、すぐににっと笑った。

「わはは、まー、めずらしいこと。あんたが自分から素直に謝るなんてねえ。」

ぐしゃぐしゃとクリスの髪をなでまわし、

「おーけー、もういいよ。ママも悪かったよ、あんなに怒るこたあなかったよねー」

「あれ、もう怒ってない・・・」

「あたりまえよ、さっきの一発でおしまい。」

ママはぐぐっとコブシに力を込める。 口より手の方が先にでるタイプらしい。

夕日がまぶしかった。 栗色のママの髪の毛がきらきらと反射して、とてもきれいだ。

「ところでさ、この森で何してたの?こんな時間まで」

クリスは、ロビンの顔を思い浮かべて少し考えた後。

「ひみつ」

「ほほお、いっちょまえに秘密を持つようになったか。ま、結構結構。やましいことしてなきゃいいんじゃないの」

がははと豪快に笑いながらママが言った。

「ね、ママ」

「ん?」

「アップルパイは好き?」

「うん。大好きだよ。ママが小さい頃、よく母さんに作ってもらってたなー。あ、作ってあげよか」

懐かしそうにママは目を細めて言った。

クリスは、ズボンのポケットを確認した。パルムさんからもらった紙はまだ入っている。そこには、今日作ったアップルパイのレシピが、丁寧に細かく書かれていた。

「あのさ、今度、僕がアップルパイを作るよ。ママに食べて欲しいんだ。」

ママはじっとクリスを見つめ。

「うん。楽しみにしてるよ」

とびっきりの笑顔で応えた。

**

暮れ掛けた夕日が、大地に小さな影と大きな影を作っている。

時折離れたりくっついたりしながら、家路へと帰っていく。

さわさわと風が森の木々を揺らして行った。

小さい影はふと森の方を振り返る。 大きな影が手招きをした。

小さな影は頷いて、大きな影に近づく。名残惜しそうにもう一度振り返って、何かを確認した後、小さな影は大きな影と手をつないだ。

再び二人は歩き出す。

**

森の奥にひょっこり頭を出した、ひときわ大きな木。

森の守り神様のようにどっしりとそびえ立つその木は、暖かく世界を見守っているかのようであった。

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