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大きな森の木の下で | 第一話 |
しばらくして。 空にオレンジ色が混ざり、日も暮れかけた頃。 「それじゃ、そろそろ帰る?ママも心配してるだろうし」 「あ・・・う、うん・・・」 言葉を濁し、もごもごするクリス。 「ママと早く仲直りしなきゃね」 「え。ど、どうしてそれを・・・」 ぎくりとして手にしていたお皿を取り落としそうになる。 食べ終えた後、お皿洗いの手伝いをしていた途中であった。 「わしは何でも知ってるよ。なーんてね。ま、長年の感、というやつかな」 パルムさんは、自分のこめかみ辺りを指差して言った。 「あんまり遅くなると暗くなっちゃうよ。ほら。これを持って行きなさい。」 そういうと、折りたたまれた一枚の紙切れをクリスに渡した。 「これは?」 そう言いながら紙を開いていく。 「あ・・・・これ・・」 パルムさんを見上げるクリス。 「じゃ、ロビン。出口まで案内してやってくれる?」 ソファーでくつろいでいた狼のロビンの方を向き、パルムさんはそう言った。 ロビンはうんと伸びをして、ソファを降りるとドアの方まで歩いて行き、 「ほらクリス。行くぞ」 くいっと首を振った。 「あ、あの、今日はありがとうございました。」 ぺこり、とパルムさんに礼をするクリス。 「いえいえ。わしも楽しかったよ。またいつでも遊びにおいで。美味しいおやつとお茶を用意して待っているよ」 まるで近所に住むおじさんのように。 昔からの知り合いのように。 パルムさんは言う。 「はい!それでは、おじゃましました!」 玄関まで案内されると、ドアをがちゃりと開けた。 入ってきた時のドアはどうやらキッチンの裏口だったらしい。 先ほどとは違う景色が広がっていた。 暮れ掛けた空。かわいらしい花が道沿いに咲いている。 手入れされているのか、自生しているのか、色とりどりだ。 家は、ちょうど大きな木に埋まるような形で建っていた。というより、木の幹にドアが付いていると言ったほうが分かりやすい。 「ロビン、それじゃ、よろしくね」 「はい」 ロビンがうやうやしくパルムさんに頭を下げた。 「さよなら、パルムさん!」 クリスはぶんぶんと手を振る。 パルムさんもにっこり笑って手をひらひらと振った。 「クリス、こっちだ」 てくてくと歩き出すロビン。 「あ、待って!」 あわてて後について行くクリス。 しばらく歩いた後。 ふと振り向いて家を確認する。 そこには。 大きな木が一本。 どっしりとそびえ立っていた。 家のようなものは見えない。 ただ木が立っているだけである。 花の咲いた道も、いつのまにか無くなっており、花畑が広がるばかり。 「・・・・あれ?家が・・・・」 クリスは呆然とした。 さっきまでいたはずの家が、跡形も無くなくなっている。 あわてて前を向く。 そこには森が広がるばかり。 先を歩いていたはずのロビンの姿も見当たらない。 「え?ロ、ロビン?どこいったのー」 きょろきょろするクリス。 やっぱり夢だったのかな。 パルムさんも、ロビンも、アップルパイも。 そう考えると、胸がきゅっと痛んだ。 鼻の奥がツンとした。 「何をきょろきょろしている。急に立ち止まるからどうしたのかと思ったぞ」 ふいに下の方から声がした。 「わわっ、ロビン!そこにいたの」 クリスの足元にちょこんと座るロビン。 あまり近くにいすぎて見えなかったようだ。 ロビンの姿を捉えて少しほっとするクリス。 「さ、行くぞ。日が暮れる」 歩き出すロビン。クリスは慌ててついて行く。 「ところでロビン」 「ん、なんだ?」 「家が・・・無くなっちゃったんだけど・・・パルムさん家」 ロビンが消えてしまわないように、目を離さずにクリスは言う。 「ああ、それは消えたわけじゃないさ。もとの姿に見えているだけ」 「?どういうこと?」 「最初に見たときも大きな木だったろ?それが本来の、こちらの世界での外見なんだ」 「・・・じゃあ、あの家は違う世界、ってこと?」 ロビンはやや考えて。 「ま、そんなとこだ。」 「下に下りたのに、家が普通の家だったのは?ちゃんと太陽の光がはいっていたけど」 「それもだ。クリスが通ってきたトンネルな。たまたま空間の歪かなにかで、台所の裏口に通じてしまったんだろ。あそこの穴は色んなところに通じているらしいぞ。運が良かったな」 「・・・・・・・・ど、どういうこと?」 「そういうことだ。」 「・・・・・・・・・・・・・。」 「生きてて良かったな」 「ろ、ろびん〜〜〜〜〜」 「・・・・ところでクリス。今日あったことは、なるべく他人には言わない方がいいぞ。特に大人には、な。」 「え、どうして?」 「どうせ言ったって信じちゃくれないさ。お前はまだ子供だからな、そんなに疑いもせず、わりとすんなり受け入れただろうが。大人は色々面倒だ。」 「うん・・・、分かったよ」 「さ、着いたぞ。ここが森の出入り口だ。ここからは自分の家まで帰れるだろ」 話をしながら歩いているうちに、森の出口まで来てしまったようだ。 「うん・・。送ってくれてありがと。あ、あの・・」 「なんだ」 「また、会えるよね。これは夢じゃないよね?」 クリスはポケットに入れていた、パルムさんからもらった紙切れを確認しながら聞いた。 「・・・そうだな。クリスがまた会えると信じていれば、また会えるさ」 「ロビン・・・」 クリスはそうつぶやいて、ロビンをぎゅっと抱きしめた。 柔らかな毛の感触や体温が、手のひらに、頬に、伝わってくる。 確かにロビンはここにいる。 「クリスー!」 ふと、遠くからクリスを呼ぶ声がした。 「ママ?」 クリスの母の声だった。夕方になっても帰ってこないクリスを心配して、森の方まで探しに来たのだ。 |
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