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大きな森の木の下で | 第一話 |
部屋中に、リンゴの甘酸っぱさと、パイの香ばしい香りがただよっている。
パイを切り分け、お皿に盛り付けた。 こんがり焼けたアップルパイは、すごくおいしそうだ。 「さて。食べようか。・・・あれ、そういえば、君は誰だっけ?初めて見る顔だね。」 今更ながらそんなことを言うおじいさん。 「・・・・あ、あの、勝手に入ってごめんなさい・・」 「いやいや、良いんだよ。誰だって大歓迎だ。お客さんなんて久しぶりだからね。とても嬉しいんだ。そうそう、私の名前はパルム。よろしくね」 とおじいさん、パルムさんは右手を差し出した。 クリスはその手を握り返した。大きくて、暖かい手だった。 「僕、クリスって言います。宜しくお願いします。」 「ははは、そう硬くならないでいいよ。」 ぽんぽんとクリスの肩を叩きながら言う。 「それじゃ、さっそく・・」 と言い掛けた時。 部屋の奥からのそり、と何かがこちらに近づいてきた。 大型の犬だった。目の上に、ちょんちょんと眉毛のようにある白い斑点。灰色の毛。青い瞳。シベリアンハスキーみたいな雰囲気である。 「おお、ロビン。お前も食べるか?」 パルムさんは、お皿にアップルパイを切り分けると、お皿に載せて犬の前に置いた。犬は腰を下ろして、お皿の前に座った。 近くに来ると、結構大きな犬だ。 ロビンという名前らしい。 「いただきます」 そう言うと、パイをむしゃむしゃと食べ始めるロビン。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「い、犬がしゃべった・・・・」 確かに言った。いただきます、って、はっきり言った・・・ クリスは犬を指差して呟く。 「犬じゃない。狼だ」 むっとして、犬、じゃなくて、狼のロビンが言った。 ・・・やっぱり空耳じゃなかった・・・。 「あ、あの、いぬ、じゃなくて、狼がしゃべったよ、パルムさん・・」 「ロビン?そうだよ。えらいだろう、食べる前にはいただきますの挨拶をしなくちゃ」 平然と言うパルムさん。 「いやあの、それはそうなんだけど。いや、そうじゃなくて・・・」 「うるさいガキだな。人間の子か?」 目を細めて、うっとおしそうにクリスを一瞥すると、狼のロビンはまたパイを食べ始める。 「君はしゃべったことないのかい?動物たちと」 そう言って、パルムさんは紅茶を一口。 「ううん、まだ・・・。というより、しゃべれないよ。普通の人は」 「そう?ようく耳をすませてごらんよ。きっと、何か伝えようとしているはずだよ。聞こうとする気持ちが、大事なんだ」 「うん・・。そう・・・?かな・・。」 釈然としないまま、クリスはとりあえずうなずいておいた。 そもそも、この部屋自体が、木の下にあったんだ。 きっと、ここは不思議の国で、なんでもありなんだろう。 と、クリスは思うことにした。目が覚めたら、木の根元で横になっている僕がいるかも、なんてことも。 クリスはパイを食べた。 サクッと焼きあがった生地、ほどよく食感の残ったりんごとトロッっとしたクリーム。甘酸っぱくて、香ばしくて、すごくおいしかった。 今まで食べたアップルパイの中で、一番おいしかったかもしれない。 これがたとえ夢でも、こんなおいしい夢なら見てもいいかな。 「おいしい」 思わず言葉が出た。 「そう?それは良かった。作った私も嬉しいよ。ああ、クリス君も一緒に作ったんだったね。 手伝ってくれてありがとう。久しぶりのお客さん、嬉しかったよ」 「ここ、一人で住んでいるの?」 僕は部屋を見回した。 お皿やお花、雑貨なんかをきれいに飾ってある。 他にもリビングやベッドルームもあるらしい。木製で、温かみのある雰囲気。暖炉なんかもある。 地下に降りたはずなのに、なぜか窓があり、そこから柔らかな陽の光と、心地よい風が部屋に入っている。 クリス達の他には、人は見当たらない。 「私とロビンで住んでいるよ」 「いつから?」 「ずうっと昔。君の生まれるずっと前から、ここにいるよ」 「さみしくない?」 「たまにこうして、クリス君のように突然のお客さんが来るからね。それに、森の住民達も訪ねてくるし、さみしくはないよ。」 「森の住民・・・・。熊とかうさぎ、とか?」 半分冗談で言ってみる。 「そう、鹿や鳥達もね。」 本気か冗談か分からないが、さらりとパルムさんは言う。 「パルムさんは、森の主なの?」 そう訊ねると、パルムさんは笑って、 「ははは、ちょっと違うかな。そんなに偉いものじゃないよ。熊やうさぎ、鹿や鳥達と同じ。森の住民の一人だよ」 「ふーん・・・」 何と言っていいかわからず、取り敢えず納得することにしてパイをほおばった。 それから色々な話をした。 この森に住む動物達のこと。 森の植物のこと。 クリスの学校のこと。 |
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