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大きな森の木の下で 第三話



僕は走っていた。
森の中を無我夢中で。
悔しさと悲しさで頭をいっぱいにして。

走っていた。

何も考えずにいられると思った。
嫌なことも忘れられると思った。

・・・・・・・・・・・・・・・・

…あれ?
そういえば、前にも同じようなことがなかっただろうか。
そうだ。
あれはパルムさんと初めて出会った時だ。
あの日もこんな気持ちだったっけ。

気が付くと、クリスは巨木の前まで来ていた。
荒い息を整え、大きく深呼吸を数回。
赤く泣き腫らした目をこする。
こんな顔でパルムさん達に会いに行ったら、
何があったのか聞いてくれ、と言っているようなものである。
クリスはくるりと踵を返し、別の場所へと移動した

少し歩いたところに、小川がある。
その畔もまた、クリスのお気に入りの場所だった。
何か嫌なことがあると、そこに座ってぼーっとしたりする。
「はああああ・・・・」
大きくため息をつくと、クリスは程よい所に腰を下ろした。

「はあ…」
また一つため息。
両膝を抱え頭を項垂れて、ぼんやりと川の流れを眺めていた。

「今日はここにいるのか」
「うわあ、びっくりした!」
いつの間にか、オオカミのロビンが隣に座っていた。
いつからいたのか、まったく分からなかった。

「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」

さらさらさら…

それ以上二人は黙ったまま、聞こえるのは川のせせらぎだけ。
ふくらはぎに草がさわさわと揺れる。

会話が続かない。
何を話していいのか分からず黙り込む。
クリスは気まずそうに、足元に生えた草をいじりだした。

「学校はどうだ?」

唐突にそんなことを聞かれ、思わずいじっていた草をぶちっとと毟り取る。
「え?ど、どうって…その…」
もじもじと、むしった草をいじりだす。
「あの3人組はどうしてる?」
と聞かれて、少し迷って、森に一緒に来たあの3人組を頭に思い浮かべた。
「あ、ああ…。ええと。元気…だよ」
「ふむ」
「なんか急に、前より優しくなったような気もするけど…」
「ふーん、なるほど」
ロビンは軽く頷いた。

無様に地面に伏し、その後何もできずに逃げ出した3人。
その場面を思いだし、クリスは何とも言えない表情になった。

「女の子は?」
「ああ、エイプリルちゃんね。元気だよ」
「その後進展はないのか?」
草をいじっていた手がぴたりと止まる。
「な、なな、何もないよ!というか、エイプリルちゃんとは別になんでもないし!」
「ほう」
クリスは顔を赤くし、明らかに動揺した様子で、意味もなく足元の草を1本ずつ確かめたり等している。

「どうして学校に行かなくなったんだ?」
「え?」

突然の直球な質問に、虚を突かれたような思いがした。

「いやあ、その、なんていうか…」
ごにょごにょと口ごもる。
ロビンは静かに見守る。

クリスは一呼吸おいてから。
少しずつ、話し始めた。

・・・・・・・・・・

「よく話してくれたな」
ロビンは優しい口調でクリスに言った。
「今はどうだ?」

「エイプリルちゃんとはまあまあ、かな」
「そうか、良かったな」
「うん」
クリスは手にしていた草をぱらぱらと放り投げた。
「なんだか…」
「何だ?」
「こうしてると、お父さんと話しているみたいだね」
何気なく、クリスは呟いた。
「お父さん?フフフ、お父さんか…」
ロビンは驚いたような声をあげ、少し笑った。
とは言っても、オオカミの表情の変化は分かりづらい。が、多分、笑っていたのだろうと思う。

クリスは、ロビンの喉元を優しく撫でた。
「僕のお父さんは、僕が5歳の頃に死んだんだ」
「ふむ」
「少ししか覚えていないけど、優しかったな、ていう記憶はある」
「そうか、良い父だったのだな」
「うん…それなのに…。ママ…」
「ん?」
「他の男の人と…」
クリスは今にも泣きだしそうだ。

「お前が母さんと喧嘩して泣いていたのは、それが原因か?」
「う…」
言葉に詰まる。
再び、草むらを手でわしゃわしゃと掻き回しはじめた。

「図星、か」




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